「隠された歴史の謎」から世界の平和へ

   

kategori_kiroku今まで上森会長を中心に、不思議な数多くの方々との出会いにより
新たな展開と導きがありここまで参りました。
その〝話”と〝和”と〝輪”の記録の一部を
かごめかごめを研究する会の小冊子(「この日本に地上絵発見」)より抜粋いたしました。

 

2010年7月5日(月)

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「テラファイトの原理と理論を証明してもらわなければ………。」
そんな思いで過ごしていた上森氏の会社に、
上森氏の友人であるFさんの紹介で、カタカムナの暦の実践講座を主宰しているTさんが来られた。
Tさんは、テラファイトの構造を磁気フイルムで見たとき、
カタカムナの図形と全く同じ十字の図形であることに感動され、それから度々事務所に来られた。

 

2010年7月12日(月)

TさんはIさんという女性を連れて、上森氏の事務所を訪れた。
Iさんは、上森氏が『夢で見た里山の景色』と『同じ景色の夢』を、
友人に画用紙に描いてもらったということであったが、このことは、
上森氏の活動に大きな影響を与えることとなった。

 

2010年7月22日(木)

Tさんの紹介で、元九州大学工学部の高尾征治先生にテラファイトの理論を証明してもらうため、
先生をよく知っているMさんにアポイントを取ってもらったところ、
高尾先生は2日後に所用で大阪に来られるとのことなので、
早速、7月25日にMさんと大阪のホテルで会うこととなった。

 

2010年7月25日(日)

高尾先生とAさんとMさんと大阪谷町4丁目のホテルで会うことになり、
TさんとYさんも同席することになった。

 

2010年7月26日(月)

高尾先生から「テラファイトの原理と効果の理論を証明出来た」との連絡があり、
証明書類を受け取りに九州へ行くことになった。
8月11日の11時に高尾先生の住んでいる宗像市で会う約束をした。
後で『11』という数霊に深い意味があることに気づく。

 

2010年7月31日(土)

上森氏は、東京五反田でTさんのカタカムナ暦の実践講座を受講する。
上森氏は後の席で居眠りばかりしていたが、
なぜか、ホワイトボードに書かれた「ガイアの法則 千賀一生著」のことは、
きっちりとメモをしてきたとのことであった。

 

2010年8月2日(月)

TさんがIさんを連れて、六甲道にある上森氏の事務所を訪れた。
Iさんは、上森氏が夢で見た山の景色と同じような絵を、2年前に友達に描いてもらっていたことから、
その絵を持って来られたが、上森氏が夢で見た風景と瓜二つであり、
驚いたことに、空に龍と鳳凰と天女が飛翔し、
滝の名称や位置、神社や寺の位置までがそっくりだった。

 

2010年8月10日(火)

TさんがYさんを連れて上森氏の事務所を訪れた。
3人で話しあった結果、千ケ峰(上森氏が夢で見た景色の場所)のIさん宅を訪問することになり、
8月16日に行く約束をした。

 

2010年8月11日(水)

高尾先生と宗像大社で会う。
上森氏は、高尾先生に会うために、朝一番の新幹線でMさんと一緒に新大阪から小倉へと向かった。
その日は、台風4号の影響で朝から大雨となり、上森氏たちが乗った新幹線の後の新幹線はストップした。
台風4号は、沖縄に上陸したが、急に進路を変え、中国大陸を直撃した。
高尾先生と待ち合わせをし、宗像大社に着いた時は、どしゃぶりの雨と雷であった。
上森氏たちしかいない本殿で参拝をした時、
「よく来たなあ……。」

という声が聞こえてきたような気がした瞬間、背筋がぞくぞくしたのを、
今でもよく覚えていると上森氏は言う。
参拝を終えて、近くのファミリーレストランで食事をした時、Mさんが
「自分の名前のルーツを辿るとこの世に生まれてきた自分の使命や役割に気づく」
という話しをした。

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高尾先生が「私の父方の先祖は、56代天皇の清和天皇だった」と言われたので、
上森氏は「今まで誰にも話したことはないが、昭和天皇が亡くなる2~3日前に夢枕に現れ、
『私はもうすぐあちらに行くが、上森さん、これからのことをよろしく頼みます』

と託されたという話しをした。

誰にも話したことのない夢の話しをするのも、
何か不思議な導きを感じると高尾先生に伝えたと上森氏は言う。

夜は、博多駅近くでYさんと合流した。
Yさんは、身体から金や銀が出るという方で、高尾先生と
「意識と物質化現象(量子水学説)」を物理学会で発表された方である。

上森氏は、帰りの新幹線の中で、Mさんから『千が峰トライアングル』の地図のコピーを見せてもらう。
2011年8月11日を境に、上森氏の身辺は一変した。

以下は、8月11日から、9月22日までの約1ヶ月間に
上森氏がいろいろな方々のメッセージや啓示により、走らされた記録である。

 

2010年8月15日(日)

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「ガイアの法則(千賀一生著)」を買いに、神戸市中央区三宮のジュンク堂に行き、
事務所に帰り一気に読む。
その本には「新しい文明の光は、東経135°ラインに集まり、そしてそのラインが世界の中心になる。
兵庫県の明石市、淡路市、神戸市、丹波市がそのライン上にある。」
と書かれており、菊花紋の1/16の法則及び1611年や22.5°の意味の重大さを知り、
上森氏にとって大きな気づきと目覚めのきっかけとなった。

 

2010年8月16日(月)(旧暦7月7日・七夕)

Yさんと千ケ峰へ行く。
千ケ峰に行く道中に天魂の大神、八幡神社、白龍神社の三か所を参拝した。
聖地と言われているIさんの山へ案内され、夕方、Iさんと会った。
Iさんは、上森氏が何も言わないのに
「貴方にあげるものがあるので受け取ってほしい」
と言われ、赤い布製の表紙の「神彌如来神 白龍神社本義」という本を差し出した。
その時、「貴方の後に後醍醐天皇がいらっしゃる」
と言われ、何も見えない上森氏に
「今日は後醍醐天皇の命日です」
と教えてくれた。
帰宅しようとしたところ、Fさんより
「どうしても今日中に渡したいものがある」
という電話があり、22:00過ぎに居酒屋で会った。

Fさんは、出合うなり
「この本を預かっておいて欲しい」
とA3大の赤い布製の本を渡された。

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その本を開けてみると、日本地図に書かれている意味のある(大切な)神社や山を線で結んだもので、
8月11日に九州から帰る新幹線の中で、Mさんから見せてもらった地図のコピーの元となる本であった。

さらに、その本は、今日、千が峰で会ったIさん達が作られた「ひもろぎ霊山の会」が出版された
「日本は神の国」という本であるということが分った。

 

2010年8月19日(木)

夕方、事務所に来られたUさんの「千が峰には、できるだけ早く行ったほうがいい」
という言葉で、一気に事務処理をして翌日行けるようにした。

 

2010年8月20日(金)

上森氏は、一人で千が峰の麓の「五霊神社」と「神光寺」に行った。
『神光寺の宗旨は、御室派真言宗で、御本尊は十一面観音菩薩、真言宗の根本の御本尊は大日如来、
宗祖は弘法大師空海、弘法大師空海は、774年6月15日に香川県善通寺に生まれる。』
何も知らなかった上森氏は、神光寺でいろいろなことを知った。

でも、千ガ峰であったIさんは、
「これからは月天様の時代で、月天様の下には、阿弥陀如来様がおられまして、
阿弥陀様の下には神如来神大神様を祀って………」
と言っていたことと違うし、
真言宗の御本尊も食い違っているので、その疑問を解決したくて、「仁和寺」へ行くこととした。

 

2010年8月21日(土)

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「神光寺」での疑問を解くため、導かれるように「仁和寺」へ行く。

 

2010年8月23日(月)

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「神光寺」で撮影した不思議な写真の意味を知るため、
Mさんと一緒にエンジェルハウスへ行く。
夕方、事務所に、Mさんが元公務員のTさん夫婦(“かごめかごめを研究する会”事務局の世話人となる)
を連れて来られる。

 

2010年8月24日(火)

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新大阪駅近くの喫茶店で、Yさんから、Mさんと女性一人を紹介され、
兵庫県の三田市内にあるピラミットの形をした山へ行く。

 

2010年8月26日(木)

東京のMさんから電話が入り、23:00頃に芦屋のホテルで、「聖なる光」の写真を撮られたOさんと会う。

 

2010年9月2日(木) 

Fさんの紹介で、アルファ波の研究で著名な志賀一雅先生が上森氏の事務所へ来られる。

 

2010年9月4日(土)

奈良の橿原神宮でFさんと会い、一緒に吉野神社と吉水神社へ行く(一泊し翌日は玉置神社へ)。

 

2010年9月5日(日)

Fさんと一緒に玉置神社へ行き、夕方、Mさんを訪ねる。

ダビデの中心がどこかを見つけるために、Mさん、Kさん、Kさん達は、淡路島に出掛け、
そこで「シオンの山」を発見する。

 

2010年9月9日(木)
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菊理姫(くくり姫)祭、重陽祭である。
千ヶ峰と峰相山にポール(光の柱)が建ったと、Mさんから電話があったが、
その時はその意味がよくわからなかった。

 

2010年9月10日(金)

仕事のため東京へ行く新幹線の中で、「日本列島に潜むユダヤの痕跡」
という137ページもある資料を一気に読んだ。
この資料を読んで、今まで知らなかった
「日本の文化や歴史、ユダヤと日本関係等々」が解かってきた。

 

2010年9月11日(土)

東急ステイ東銀座ホテルに宿泊したので、ホテルの近くにある
「築地本願寺」へ参拝してから、Mさんの事務所を訪問する。

 

2010年9月12日(日)

志賀先生の能力開発研究所を訪問。志賀先生と話し合った結果、
「脳波測定実験でα波のリラックス脳波に変換されるという結果が出たので、
他の人での臨床実験をしてみよう」
ということになった。

東京からの帰路、京都で下車をし、Yさんと会い、最近までの出来事を報告する。
Yさんから、千成コイン(千が峰にいるIさんが、物質化現象で出した500円玉くらいの大きさのコイン)の写真を貰った。

その時、自分の意思とは関係なく
「トセー!」「早く取り出せ!取り出してそこを聖地(聖都)にすれば、
千年栄えるというメッセージがきた」

と喋りだした。

 

2010年9月15日(水)~17日(金)

この頃から、日本列島の地図上に、Iさんたちの会が描いたものとは異なる『独自の図形』を引きだす。
高速道路のサービスエリアで貰った「日本地図」に、何かに取り付かれたみたいに、
線を引いていたら「十字架」の形が出来た。
そして、この「十字架」は何か意味のあることだと確信した。

 

2010年9月18日(土)

久しぶりに奥さんと映画行った。
この頃の奥さんは、真夜中に帰宅しても、宿泊をして家を空けても、何も言わなくなり、
何処に行くのかも聞かなくなったということで、少し前の上森家では考えられないことだった。
「テラファイトの効果だ」としか思えない。

 

2010年9月19日(日)

“日本の和の心を伝える”という趣旨で開催された“和来輪く祭り”に参加するため、
大阪泉佐野にある『新井邸』へ行く。

“和来輪く祭り”の会場にTさん夫婦が、「ゼロ磁場の体験コーナー」を出しており、
その会場で作家のKさん、阪神淡路大震災で5時間も生き埋めになっていたIさん、
奈良県橿原市から来られたIさん、三重県名張市から来られたNさん夫妻にあった。
それらの方々が、その後、大きな影響を与えることになっていった。

 

2010年9月20日(祝・月)

Tさんに電話で、六甲白山神社(くくり姫神社)のことを聞いていた時、
たまたま事務所に来ていたUさんが、
「うちの旦那も連れてって。神社が大好きな人だから六甲白山神社の場所も知っているかも知れない」
ということになり、Uさんの自宅へ直行し、Uさんのご主人と二人で六甲白山神社へ行くことになった。

六甲白山神社の参拝が終わったところで「大龍寺へ行こう」ということになり、
辺りは薄暗くなりかけていたが大龍寺に行った。

この「大龍寺が、“かごめかごめの真実”を解き明かしていく上で重要な場所」
になるとは、その時は考えもしていなかった。

 

2010年9月21日(火)

あまりのも偶然や不思議なことが続き、周りからも変な目で見られることが多くなってきたため、
今後の方針を検討するため、今までご縁があった方々に、事務所に集まってもらい
初めての会合
を開いた。

その結果、
『今までのメッセージはみんな意味のあること。
これからは、それぞれの役目に気づき、力を合わせて、
夢告知や啓示の謎を解き明かしていこう』

ということになった。

 

上森氏は、この日から、仲間からの「メッセージ」には素直に従い、
自分への啓示には確信を持って行動するようになった。

翌日の9月22日からは、一言ではとても言い表すことの出来ない、不思議なことが起こり出し、
その不思議なことは3年以上経った現在も続いており、その内容は驚くものとなってきた。

このことを、ひとりでも多くの方々に知っていただき、
それぞれの使命に気づいてもらおう
「かごめかごめを研究する会」を立ち上げ、“かごめかごめのつどい”を開催するようになった。

小冊子(「この日本に地上絵発見」)より抜粋